シムシティ(スーパーファミコン)
思い出
スーパーファミコン始動段階で初期…というか、本体と同時販売? くらいに早く発表されたタイトルの一つでしたね。すいません、あやふやな説明で。でも、調べる気はありません(キリ!)当時私が好んだジャンルはシューティングに次いでシミュレーションでしたが、このタイトルは『シミュレーション』というカテゴリで発売されたため、まだまだ手持ちのラインナップが少なかった私にとっては買わない訳がないタイトルの一つでした。
もっとも、当時の私の『シミュレーションゲーム』とはいわば『戦略モノ』と勘違いしていたため、戦車も戦闘機も歩兵すら登場しないこのタイトルを前に悩みましたね。
で、ゲーム内容はと言えば、有名過ぎて今更説明の必要もないのですが、早い話が『街造り』ですね。
初めは誰も住んでいない好みのマップを選び、そのマップに対して予算の許す限り自由に道路や線路といった人々の移動手段を設け、更には居住区や商業地帯などの区画訳を行い、出来る限りの住み良い環境を整えてあげるわけです。
しかし、プレイすると判るのですが、何か良い事をすれば何か悪い事が発生し、それを解消すると別の方面で異なる問題が発生する…。現実の世の中をモチーフとしたゲームなのですから必然的なイベントですが、そんな事を繰り返すうちに私は世界平和を実現する方法を見だしました。
『人なんか居なけりゃ良い』
非常にシンプルながら究極の答えですね。そう、タイトル画面から進まなければ、マップを選んでも何もしなければ人災は発生しませんし、自然災害が発生しても人類に犠牲は生まれないのです。壮大ですね。ゲームになりませんが。
とまあ何だかんだでケチを付けているように感じられるでしょうが、私個人はめちゃめちゃハマりましたよ。発展の度に次の発展に向けて試行錯誤し、どうすれば形になった区画を変更せずに改良・拡大できるかなんて事を思いつつ画面とにらめっこしていました。
思い出とは異なるのですが、現実の世の中もゲーム内容同様にサクサク発展すれば嬉しいですよね。いつ頃か始まった道路の拡張工事が何年経っても進まず、置き去り同然のカラーコーンが色褪せ朽ちてゆく光景というのは見てて虚しくなる事もある話です。ゲーム同様に事を捉えてしまえばとんだ世間知らずとなる話でしょうが、…いや、実際世間知らずな私なのですが、それでも10年近く変わり映えのない拡張途中の道路を行き来した頃はさすがにそう思いましたね。まぁ、予算オーバーいよる一時的な停止だったようですが、数年単位で停止するような工事であれば、着手前に気付かない方がどうかしているって話です。税金引き上げの口実だったのでしょうかね? ゲーム内部でも税金をべらぼうに上げられたりすれば…崩壊しますね。間違いなく…。
はなうたBGM
マップの住人数で発展する仕組みのゲームであって、発展に応じてBGMも変化する仕様でした。イメージとしてはどれも聴いてて飽きない曲の数々でしたが、発展する度に変化するBGMは聴き返す事が出来なかったため、覚えているのは開始間もないほとんど無人状態のBGMと、最高発展状態のメガロシティでのBGMしか覚えていません。特にメガロシティに発展すればその上が存在しないため、好んで街の破壊活動を行わない限り同じ曲をエンドレスで聴く事になるわけですね。
大都市をイメージした曲調は『眠らない夜』みたいな私なりの感想があり、表現するなら『賑やか』よりも『雑多』に感じますね。まぁ、田舎育ちなものできっと私の体質には合わない曲調です。でも、嫌いじゃありません。
ところで『西部警察』という昔の番組をご存知でしょうか? メガロシティーのBGMの始まり方って、どうしてか西部警察の曲を連想させるんですよね。私に限った話なのでしょうが…。
病み付きゲームの決定版?
かつての友人に全くゲームに興味が無い人がいまして、それでもなんだか私と接する機会が多く、自宅から好んで外に出る事が少なかった私に対し、『ならば…』と思ったかどうかは判りませんが、結構な頻度で家に訪れる友人がいました。こう言っては何ですが、性格や言葉遣い、それに並んで行動面にも難があるためか、幼少期から悪い意味で有名であり『接するべきではない相手』という見本として親にも近所の大人にも教えられた相手でした。
とはいえ、私は今も昔ものほほんとした性格なので、そもそも人それぞれを判断してお付き合いするのが苦手な性分なんですよね。…で、差も色も着けないお付き合いをしていた結果、クラスのイジメっ子とイジメられっ子、そして私と3人でその辺を仲良くフラつくなんて事もよくありました。
ここに登場するその友人は、何というか『異端児』と表現するのが結果論として相応しいかと。幼少期からマセた言葉遣いは私も印象に深いのですが、大人になった今に振り返ると、その友人の行動や表現、考え方や理想というのは社会人に少し慣れた人物にいつの間にか備わる物事だったんですね。
まぁ、そうなると年齢に相応しくない憎らしさで大人は見てしまうでしょうし、同年代からは理解不能な相手として見なされてしまう結果に至ったのも頷けます。
私が彼と接して窮屈に感じなかったのは、ズバリ言って『そこまで考えてもいなかった』が本音であり全てでした。『一風変わった不良』と言うのが私の感想で、だからどうするわけでもなく、私は私なりに来たんだから一緒に遊ぼう。といったノリです。
さて、前置きが長くなりましたが、家に来ればほぼ必ずゲームをする姿を見る事承知で、私の部屋に入り込む友人ですが、まあ、彼らしいというか、決まって私の未来だか何だかを心配してくれます。
『ゲームばっかやってんなよ』
『たまには一緒に外に行こう』
『ちょっとは運動すれば?』
『あいつら○○の家行くって。今から行く?』
『うまいレストラン見付けた』
などなど。というか、さすがに忘れた。
まぁ、アレですね。色々と気遣ってくれるのは分かるのですが、どうして私に固執するのかが理解できず、同時にこれだけ人に世話焼く友人がどうして『付き合ってはいけない人』なのかが当時の私には疑問でした。…ま、これはこれで色々あったのだと後に知る事になりますが。
『何だそれ?』と画面を見るなりご挨拶な友人ですが、そこはやんわり無視。私は私で自分だけの街を作っていきます。作り切れてないけど…。
小一時間ほど経過した頃、『ちょっとやらせて』と、思わず『えっ!?』と振り向かずにはいられない言葉が…。なんだか興味をもったらしいのです。
普段は全くゲームに興味を持たない友人でしたので、驚きつつもプレイ交代。幸いセーブが2つ可能だったので、一つを友人の枠としてやらせてみる事にしました。1時間交代の条件で。
当然ながらコントローラー自体を滅多に持たない友人でしたからもたつく事は分かっていましたが、それでも気に入ったらしく時間交代の中で友人のマップは着々と発展の一途を辿り、待ち時間でも私のマップ作りを参考にしたりしてより良い(?)快適そうな街へと発展していました。
いつしか1時間交代じゃ物足りなくなったようで、私が購入したものだからと無理に3000円掴まされ、最終的には私の手元に戻すという内容で、1日置きに友人はそのソフトを持ち替える事になりました。友人には兄貴さんが居り、その人がスーパーファミコンを所有しているのでそれを使うとの事でした。
一か月も過ぎればお互いのマップは見事に埋め尽くされており発展内容もとうの昔に最終段階を迎えていましたから、正直言ってこれ以上の発展への改良は意味を成しにくいものでしたが2人で互いに状況を確認し合ってプレイしていたせいか、飽きると言った感情は全く芽生えませんでした。
しかし、それでも終了という言葉はきちんと控えていたもので、なんて事のない晴れた日の友人の電話でそれは知らされました。
いつも通りシムシティーをやろうと思ったらデータが消えていた。…というものです。
まぁ、セーブ機能がそれほどしっかりした時代でもなく、そういったトラブルはどんなタイトルからも色々耳にしていましたのでさほど衝撃的でもありませんでしたが、友人は私のデータも失われていた事にひどく落ち込んでいたらしく、そんな友人に返って私が気を遣ってしまいましたね。
まあ、このタイトルの思い出はそんな記憶があり、ゲームに全く関心を持たないと思っていた友人までが興味を引くゲームという事で、なるほど高い人気があるタイトルって分野外の人物も引き込むんだなぁ…、なんて、未だに私自身がピンと来ていませんが、『ある種の可能性』を思い知ったタイトルでした。
ちなみにこの出来事の参考は今現在も生きており、仕事に馴染めない同僚などの相談事の応対に活用しています。『シムシティ』や『ゲーム』等の単語は当然言葉にしませんが、例えば段ボール箱一つでも見る角度や考え方一つを変えてやるだけでそれまで成せなかった目覚ましい成長を促す事はいくらでも可能です。しかも、それが案外容易いから教えるこちらも教えていて楽しい。
あの友人はシムシティを通して凄い事を私に教えてくれたんだな。…なんて、今になれば思いますね。…というか、これを書きながらそう思い知らされました(遅過ぎ!)